7年ぶりに訪問国数が増えた。
41カ国目はフィリピン。
自動車のクラクション音が鳴り響き、首輪のない野良犬が静かと言う、日本とは逆の景色が広がっていました。
①リサール公園・ホセ=リサール像
フィリピンの革命家・ホセ=リサールを記念する公園。
像を憲兵が守っていました。
ホセは、スペイン統治下で祖国独立を主張。
スペイン政府より危険視され、35歳で銃殺刑となりました。
その2年後、アギナルドが独立政府を作り、新たに宗主国となったアメリカと戦います。
フィリピン独立の土台を作ったと言って良い人物です。
公園には、マゼランを倒したラプラプの像もありました。
ホセ=リサールは、この地で36歳の生涯を終えました。
徒歩で、イントラムロスへ。
城壁で囲まれたこの一角が、旧来のマニラです。
カーサマニラは、スペイン統治時代の民家を再現。
平日のみの開館とのことでした。
②サン=オーガスチン教会
その中でも残り、戦後復興したのが、この教会です。
落ち着いた雰囲気ですが、11:40に突如クローズになりました。
③イントラムロス博物館
17世紀〜20世紀の、キリスト教に関する木彫りの展示でした。
セブ島をはじめ、フィリピン各地で盛んに作られたそうです。
お祭りに関する展示です。
キリスト教信仰の厚さを感じます。
④マニラ大聖堂
結婚式をしていました。
⑤サンチャゴ要塞
16世紀のスペイン統治時代からの軍事拠点です。
敷地内にリサール記念館があります。
入場時に名前を記入します。
彼が収容された部屋、遺品などが展示してありました。
第二次世界大戦時、日本軍によって捕虜となった兵士の多くが、この地下牢で亡くなりました。
一説には、その数は10万人とも言われます。
1945年2月のマニラの戦いは、住民を巻き込んだ悲惨なものになりました。
このあと、硫黄島、沖縄と続きます。
※一部、死体の山の写真があります。見たくない方は、白黒写真を飛ばしてください。
北側には、パシック川が広がります。
小学校低学年くらいの子どもの物乞いに、よく声をかけられました。
日本は高度経済成長で、ほとんどの家庭が中産階層になりました。
本当に貧しい家庭を忘れていると、この光景を見て感じました。
海外に出てこそ、日本の特徴が見えてきます。
1500ペソ タクシー
300ペソ バス
20ペソ 電車
この数字は、空港からサンチャゴ要塞までの料金です。
観光レートだと、1円が大体4ペソです。
8kmの道のりでタクシーは6000円。
外国人価格だと思い、歩いて駅を目指しました。
元々はバスに乗る予定でしたが、5分前くらいにチケット販売が終わってしまったらしく、目の前にいたのですが「タクシー」と言われて乗れませんでした。
駅まで徒歩30分。
街中を通りましたが、人とバイクで溢れています。
電車はクーラーが効いていて、快適でした。
朝食ビュッフェは、アメリカンスタイルに中華系が混ざったようなものでした。
夕食はマクドナルド。
ビックマックバリューLセットは750円くらい。
現地の人にとっては高級かもしれません。
ケッチャップは、お好みで調整できました。